コロナ禍の入院

二〇二〇年九月、実家の母は、深夜に救急車で運ばれた。数年かけて採取を試みたものの内視鏡的には採取できず大きく胆管に詰まっていた胆石のため、嘔吐、発熱、意識障害を発症。こうなると、指示も通らず、父はいつも手を焼く。「また夜中に嘔吐された。救急車で病院に運ぶ」とメールが入っていた。救急車も三度目。すっかり慣れた様子。以前なら、どうしようか?と私に電話を入れてくるところ。私が病院へ到着したときは、既に母は救急外来のベッドの上で、真黄色の顔で、何やら呟いていた。「大丈夫、やっといたから」と私が言うと、「あぁ、良かった」と答えた認知症でも色々心配事があるのだろう。それにしても当直の主治医が外科医でほっとした。これが別の診療科の医者なら、また消化器内科の医師へコールされ、また胆管の石には手を付けず、胆管チューブの入れ替えになるところだった。手術は怖いですよね、とか言われながら。もっと怖いのは、入院する度の抗生剤ではなかろうか。高齢者で多剤耐性菌がでればもう何も薬は使えなくなる。できるだけ抗生剤は短期間にて使用するというのが現代の医学。父が外科医から入院治療の説明を受けているところへ途中から同席した。前回の退院からまだ二か月しか経っておらず、このように頻回に体調を崩すと父も大変です、となんの躊躇もなく手術を希望した。ただ、昨年心臓にステントを入れて血液がサラサラになる薬を飲んでいるので、すぐに手術はできず、二週間後くらいに手術を入れる、と聞いて、そんなに休薬しなきゃいけないのか、とがっかり。でも手術中に血が止まらなくなっても困るし、やはり薬は怖い。そして、今年はコロナ禍。家族とはいえ、面会もお見舞いも禁止。認知症高齢者を入院させる家族にはほんとに災い。禁止される理屈はわかる。患者と医療職を守るため、確かに外部で誰と接触しているかわからない人を簡単に病室には入れたくない。でも、入院してから一度も顔を見ることができない家族の心労はいかばかりか。小まめに病院から連絡でもくれればまだ安心する。今日は完食されましたよ、とか、血圧も体温も安定しています、とか。そんなサービス無いのよね。患者を治療しても、その家族は置き去り。それがコロナ禍の医療現場です。患者にはその後の生活ってものがあるのに。母ちゃん、生きてるかな?ま、何かあれば連絡があるだろうけど・・・何かあってからじゃ遅いけどね。同じ病院内で仕事をしていても情報は無い。病棟に上がるわけにもいかないし。主治医は「お母さんのカルテ、見てないの?」と言うけど、業務以外でカルテを開くのは禁止です。主治医に「母、平熱ですか?」って聞くのも気が引けるけど、カルテの経過表を見れば簡単にわかるし。そんなこんなで手術の日。やっと父が待機で院内に呼ばれた。だけど病室へは行けない。家族控室で連絡があるのを待つのみ。オペ室に入る時に、一目、会わせてもらえたよう。母は理解できたのだろうか?三時間弱の待機時間を経て、医師からオペ室に呼ばれた。癒着が酷くてなかなか大変でした、肝床から胆嚢を剥がす時に、胆嚢の膜が薄くて破れてしまい、胆嚢に二個あった石がコロコロと腹腔に落ちてしまいました。吸引できたことを祈ります。胆管は切って、石を取り出しました、これです。(と、瓶に入った黒いガサガサした石を見せてくれる)大きい!こんなのが入っていたら、さぞかし胆汁の通りが悪かったことだろう。母ちゃん、もっと早く手術をしてもらえば良かったね。今、麻酔を覚ましていますので、もうしばらくお待ちくださいね、と。しばらくして出てきた母は、まだ朦朧としていたが、「お母さん、終わったよ。良かったね」と声をかけると、目は合わなかったがしゃがれた声で「はい」と言った。麻酔のあとはいつもこうだね。喉に管が入って、声帯を圧迫するんだろう。無事に手術も終わって安心。沖縄の妹にもラインで連絡。これで最初の説明通り、術後五日目で退院ね。早く連れて帰って訪問リハビリを開始してもらわないと、寝たきりできっと自立度が落ちてるから、と父と話し、早速ケアマネに、翌週からの訪問リハビリ、訪問看護のスケジュール調整をしてもらった。すると、我々が退院予定日とした前日、病院ナースから連絡。発熱していて、明日の退院は無理なようです。とのこと。ご飯もおかゆが始まっていたけど、嘔吐があり、栄養補助食品に変更した、と。マジか。がっかり。父に伝える。仕方ないね、癒着があったからイレウスになっているのでは?と父。翌週、仕事をしていると、ナースから電話があり、「先生がCT検査をオーダーされていて、造影剤を使用するので、同意書にサインをお願いします」と。その日の夕方遅くに、主治医から、CT検査の説明を受ける。手術の際、ポートを入れていた場所に沿って、血腫のようなものがみえる。ポートが肋間動静脈に触ったかもしれない、と。ポートの刺入部を切開してみようと思う、と。出血しているわけではないので保存的に治しても良いが・・・と。保存的というのは、薬を使うことらしく、外科的処置の方が早いでしょう、ということで処置を希望した。あまり入院が長くなるようなら、リハビリ目的に転院した方が良いですかね?と聞くと、「お父さん、待ってらっしゃるでしょ?大丈夫ですよ」と。大丈夫なの?ほんとに。退院すると思って母の靴を持って「洗濯物受渡ブース」へ預けたが、それまでスリッパもなかった母。歩かせてもらっている筈はない。何しろ自宅の介護ベッドからパジャマ姿で救急車にインされ、病院では着替えもオムツもアメニティのレンタル契約が原則だから、タオルもティッシュボックスも何一つ家から持って行っていない。元気な入院患者なら家族はラクチンで良いけど、そろそろ寒くなってきたけど、あたたかくしてもらっているのだろうか、入れ歯はちゃんと洗ってもらえているのだろうか、と、認知症高齢者を入院させた家族は、心配ばかり。何しろ「かんごふさーん、おしっこー」と患者から言われ「オムツしてるんだから、オムツでしてくださーい」と答えるようなナース達。こうやって高齢者の自立度をどんどん低くする。理学療法士の記録に「遅い!トイレに間に合わなかったじゃないか」と訴えられ、見るとシーツに汚染有。とあった。リハビリの時にトイレに誘導してもらえるから、それまで我慢しようと頑張っていた。でも理学療法士が来るのが遅かったから、我慢できずもらしちゃったじゃない。と、患者は訴えている。涙がでる。ちゃんと理学療法士は、遅くなってすみません、と、謝ったのだろうか。あなたが頼りにされていたんだよ。医療って、介護って、何なのだろう。自分のことを自分でできなくなって一番辛いのは本人なのに。「オムツでしてください」は、自分達が楽になるための言葉でしかない。そんなの看護じゃない。ていうか、これが看護なら、ロボットで良い。決まった時間にオムツを変えてくれる。忙しくて忘れてました、って言う「人」よりマシかも。